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学位論文

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  2. 2021年度博論要旨

博士課程3年  卓 彦伶

博論題目:「博物館における地域連携活動の社会的効果
        ―伊丹市昆虫館「鳴く虫と郷町」を対象とした実践事例から―」

【キーワード : 博物館連携、対話と連携、生涯学習施策】

 本研究では、博物館における地域連携活動のあり方について検討し、伊丹市昆虫館「鳴く虫と郷町」を事例に、博物館の地域連携活動が地域社会に及ぼす社会的効果とその意義を明らかにすることを目的とした。
 本研究の内容は、まず、博物館における地域連携活動の先行研究を概観し、博物館の連携活動の政策的背景および動向を把握した(第1〜3章)。次に、博物館における地域連携活動の事例分析を通して、そのあり方の検討を行った(第4章)。さらに、博物館における評価が導入された背景および評価の現状、課題を整理した(第5章)。そして、実践事例として伊丹市昆虫館の地域連携活動「鳴く虫と郷町」を対象に、ロジック・モデルを用いて社会的効果の検証を試みた(第6章)。
 その結果、博物館における地域連携活動の先行研究(第1章)では、2000年代以前の市民参加論では、これまでの博物館と市民の関係性を問い直し、博物館活動における市民の主体的な参加が提起された。また、2000年代からは博物館を取り巻く社会環境に対応するために、博物館協会が一連の調査報告を発行し、博物館における使命と評価の重要性を提起した。さらに、2000年代以降は、博物館経営の視点から地域社会との関係性に注目した地域連携活動のあり方について論じられるようになった。そして、これらの先行研究では、地域連携活動を通して博物館の地域社会における存在意義を示すことができたかに関する議論はされていない。
 博物館の連携活動の政策的背景(第2章)では、2000年以降の政策において、ボランティア活動の位置づけが変化し、ボランティア活動の振興や導入に関する記述がみられなくなった。その背景には、自治体の財政難や文化施設の運営課題に対応するために、地域住民の主体的な参加が政策の中で強調されるようになり、ボランティア活動が市民の社会参加活動に内包されたと考えられる。また、「博物館の望ましい基準」に関する2度の改正および2015年以降は「文化芸術立国」のもと、博物館の連携対象が拡張された。博物館はこれまでの社会教育施設として生涯学習の機能を発揮した上で、地域の拠点となり、地域の在り方や社会的課題解決の方法など社会的な役割が求められるようになった。博物館における連携活動の動向(第3章)については、近年政策において強調されるようになった地域社会の多様な主体との連携は一定程度行われているが、企業などの団体との連携は低調であることがわかった。また、博物館外部との連携は、地域の実情や博物館の特性によってそのあり方も異なるため、具体的な方法論の提示が困難であることを指摘した。
 博物館における地域連携活動のあり方について事例分析を通して検討を行った結果(第4章)、地域連携活動を目的によって「経営資源を確保するための連携」、「地域情報を収集ための市民参加活動」、「教育普及・展示活動を充実するための協力を得る」、「非来館者層への波及効果」の4類型に分類し整理した。そのうち、「非来館者層への波及効果」は地域社会への広がりといった外部志向の連携であり、その活動において、博物館の機能はいかに発揮するかについて注目する必要がある。また、使命に基づいた検証を行っている館がまだ少なく、活動成果の検証手法について、来場者アンケートを用いた事例はあるものの、利害関係者への効果に関する検証は行われていないという現状が明らかとなった。  博物館における評価が導入された背景および評価の現状、課題(第5章)については、博物館における地域社会に対する波及効果の評価は、経済的効果に関する手法が試行されているが、社会的効果の評価はまだ少ないという現状が明らかになった。
 伊丹市昆虫館の地域連携活動「鳴く虫と郷町」を実践事例とし、ロジック・モデルを用いて、社会的効果の検証を行った(第6章)。その結果、伊丹市昆虫館が事業を通して得られた成果について、虫に触れるイベントの参加者は虫に触れることによってさらに好きになるという傾向が認められ、「鳴く虫と郷町」の参加回数も多かったということがわかった。虫に触れるイベントはコアファンの創出につながると考えられる。また、伊丹市昆虫館の来館経験に関係なく、伊丹市昆虫館を伊丹市の代表的な施設として認識する伊丹市民が多いことが確認できた。
 最後に、終章では、本研究の結論および今後の課題とすべき点を挙げた。博物館は地域連携活動によって地域社会での存在意義を増大させ、さらに地域連携活動による成果検証は、博物館使命の明確化に寄与するということを本研究の結論とする。今後の課題について、地域連携活動に関する事例の調査範囲や博物館の規模、館種による差異、分析手法などを考慮し、さらなる検討を行う必要がある。

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