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- 2021年度博論要旨
博士課程3年 ウバルデ・マリアン・フォルタハダ
Ubalde Marrianne Fortajada
博論題目:「Mapping the space of Ainu people’s participation in museums: A case study on Nibutani Kotan」
(博物館におけるアイヌ民族の参加状況について−二風谷コタンの事例研究を通して−)
博物館の展示制作過程における「展示する側」と「展示される側」との係わり方や協働のあり方に関する議論は、博物館学において重要なトピックである。特に先住民文化の展示制作では、我が国においても2000年前後から盛んにこの研究が行われ始めた。本論文は、北海道沙流郡の平取町立二風谷アイヌ文化博物館および二風谷コタンでの博物館活動における、アイヌ民族の参加に関する事例に焦点をあて、協働のあり方について考察したものである。
本論文で明らかにした課題は、同博物館および同地域において、アイヌ系地域住民は展示などの博物館活動にどのくらい関与しているのか。同時に博物館はどのようにして、展示される側や地域住民の積極的な参加を可能にしているのかということである。そのために以下の4つの目標を設定した。1)アイヌ系地域住民の参加を伴う博物館活動を特定する、2)博物館やコミュニティの参加に影響を与える可能性のある要因を検討する、3)アイヌ系地域住民の積極的な参加が、博物館展示や来館者の博物館体験にどのような影響を与えるかを評価する、4)博物館とアイヌ系地域住民との協働の実態を評価することである。
第1章では、研究の背景、明らかにしたい課題、調査方法と分析手法などについて述べた。本研究の背景として、博物館が所有する植民地時代の遺産、特に民族資料を扱う際には、博物館は知識と権力を伴う施設であることを否定するのは難しい。そこには常に、資料を解釈する者とかつての資料所有者との間の力関係を伴うからである。世界中で起こっている「脱植民地化」プロセスの一環として、博物館では、特に先住民族に対して、より包摂的で説明責任を果たすように取り組むべく、展示される人々の積極的な参加が世界の潮流となっている。その上で、本論文で用いるSimon(2010)による「参加型博物館」の概念は、博物館展示や活動に新しい意味と次元を与えるために、来館者や展示されるソースコミュニティなどの利害関係者を巻き込む場であるとしている。
第2章では、法律や組織など、博物館活動およびアイヌ民族の参加に影響を与えると考えられる要素について概観した。具体的には、博物館法とその周辺の法律・政策、アイヌ文化振興に関する法律・政策を概観した。併せて、アイヌ民族文化財団や北海道アイヌ協会における歴史と活動を整理した。その上で、博物館活動における制約や利害関係者を明らかにした。
第3章では、海外の博物館における先住民族の係わり方について先行研究を吟味したのち、日本におけるアイヌ・コレクションやその展示のあり方を整理した。併せて、国内におけるアイヌ文化展示の表象とそこにおけるアイヌ民族の参加状況についても、先行研究および申請者が調査して収集したデータを通じて考察した。その結果、アイヌ民族と博物館との関係において進展があるにもかかわらず、博物館展示は依然として、アイヌ文化の伝統的な側面に焦点をあてたままであることを確認した。常設展示のこのような課題に対応するための場として、特別展などが活用されているが、常設展示における課題は残ったままであるとした。またこの章では、先の調査方法で述べたオンライン調査と質問紙による調査結果を考察した。
第4章では、これからの議論の前提として、アイヌ系地域住民のアイデンティティについて整理した。その結果、アイヌ民族のアイデンティティは複雑であり、単一ではないとした。具体的には、アイデンティティがどのように現れるかについて少なくとも3つの異なる側面があり、1つは血統によるアイデンティティであり、2つめは自己やコミュニティの承認や受容によるものであり、3つめはアイデンティティが不明というものである。申請者は、アイヌ民族が誰であるかよりも包括的な捉え方を考慮し、コミュニティに判断を任せるべきであるとした。同博物館では、アイヌ民族の血統を持っているかどうかをあまり重視していなく、アイヌ文化に関する知識や能力、またコミュニティへの所属や連帯が考慮されていることがわかった。
第5章では、二風谷におけるこのほかの博物館などとして、萱野茂二風谷アイヌ博物館、沙流川歴史館、および2019年に完成した「二風谷コタン」を概観し、申請者が収集したデータにより、調査対象とした二風谷アイヌ文化博物館および二風谷コタンなどで開催されるアイヌ文化に関する活動について、アイヌ系地域住民の参加状況および来館者の博物館体験の現状について詳細に記述した。具体的には、博物館における常設・特別展示、体験学習プログラム、ユーカラと読み聞かせ、アイヌ語教室、アイヌ音楽ライブフェスティバル、チセノミ、チセの建造と修復プログラム、沙流川でのチプサンケ、平取の文化的景観を学ぶバスツアーである。
第6章では、二風谷アイヌ文化博物館はハブ、つまりこれらの活動の中心であり、さまざまな動機を持つ人々が共通の目的で利用する場所であるとした。この場合、アイヌ文化の伝承・体験のために集まる場所になることを意味する。ハブとしての機能は、博物館周辺を整備した二風谷コタンの完成により特に顕著になった。この整備により、博物館の周辺環境が改善されただけでなく、地域の自然と文化的特徴と博物館との相互接続性をさらに強調することになったとした。その上で、二風谷コタンを含む沙流川流域地域を、物理的な空間だけでなく、歴史的空間をも含む「エコミュージアム」、二風谷コタンをその「コア」と位置づけることができるとした。併せて、Simon(2010)の「参加型博物館」の枠組みで、アイヌ文化関係の活動を4つのタイプに分類した。
第7章では、今後の課題として、博物館とコミュニティの参加の実態に関するいくつかの問題を提起した。とりわけ二風谷ではアイヌ民族の学芸員の数が少なく、諸活動におけるアイヌ民族の参加がまだ限られていることを挙げた。また、本研究は二風谷に焦点をあてているため、今後はアイヌ民族の人口が多い阿寒や旭川などについても調査し、北海道の他のアイヌ民族に関する博物館やそのコミュニティとの比較研究を行うことが有意義であるとした。