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学位論文

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  2. 2020年度博論要旨

博士課程3年  古田 ゆかり

博論題目:「企業博物館とは何か――企業博物館に見られる多機能性の検証から」

【キーワード : 博物館、企業博物館、企業ミュージアム、コーポレートコミュニケーション、ミュージアムマネジメント、パブリックリレーション】

 本研究は、企業博物館が存在する理由やその目的を、企業が自社の企業博物館に期待する機能から明らかにするものである。
 現在、さまざまな企業が博物館施設を設置・運営している。歴史ある企業が創業当時の製品や開発ストーリーなどを企業博物館で展示すれば、技術史、産業史、生活史を学ぶことができるなど、企業博物館は社会教育施設として認知されることが少なくない。
 一般に、博物館は「収集・保存、調査・研究、展示、教育・普及」を行う機関であるとされる。一方、企業は、営利を目的としてものやサービスを社会に提供し利益を得るとともに、人々に労働の機会を提供し持続的に活動する組織であり、目的の達成のためには効率的な経営を行うことが求められる。継続的な社会教育機関であることと営利企業の一部門という側面が、活動としても呼称としても共存しているのが企業博物館である。近年、企業には、社会的責任(CSR)や社会貢献に関わる活動も求められており、企業博物館はそのような社会サービスの一部として認識されることもあるが、これは企業博物館の説明として十分なのであろうか。
 本研究は、「企業は企業博物館にどのような機能を期待しているのか」という問いから企業博物館の機能を調査・分析し、ヒアリングとアンケート調査から企業博物館の本質を実証的に明らかにすることを目的とした。ヒアリングは、企業博物館を有する企業15社、アンケート調査は、博物館施設の有無に関わらず東証一部上場企業(2019年3月現在)のすべてと、企業博物館を設置していることがあらかじめ分かっている非上場企業を対象とした。
 第1章は、本研究の背景と目的を示した。社会教育施設としての博物館と営利を目的とする企業の双方の概念を含む企業博物館の背景を示し、企業博物館がおかれた状況と期待される機能を明らかにすることを示した。
 第2章では、企業博物館について論じた先行研究について述べた。初期の先行研究では、企業博物館は一般の公立博物館に倣い地域社会の文化レベルを上げ豊かにすることに役立つべきである、という主張があった。しかし、企業博物館に関する論考が徐々に増えるにつれ、文化への貢献に関する検討だけではなく、設置母体が民間企業であることの特性に言及する論考が現れる。筆者はこれらの先行研究から、企業博物館には、〈文化施設〉〈CSR〉〈社員教育など社内に視点をおいたインターナル・コミュニケーション〉〈アーカイブズ〉〈アイデアの創出や技術開発のシーズ〉〈PRや企業イメージ向上など営業活動に関わる活動〉の、6つの機能があると整理した。
 第3章では、ヒアリングを行った結果を示した。企業博物館を管理する部署を対象として企業における経営の視点からの企業博物館の位置づけ、役割等を聞いた。その結果、先行研究で得られた6つの機能が細かく分化され、14の機能、〈社会教育・公共的役割〉〈博物館〉〈CSR〉〈社員教育〉〈社員や会社のアイデンティティの形成〉〈技術者教育〉〈社員交流の場〉〈企業史料の保存〉〈技術資料や製品の保存〉〈イノベーション・アイデア創発〉〈 PR 〉〈自社ブランド向上〉〈業界認知度向上〉〈新たなブランディング〉 があることが認められた。ヒアリングではまた、企業博物館が公立の博物館と同等の活動を行うことを目指していないとする考えや、一般に公開することを前提としない非公開施設が存在すること、未来について扱う施設があることなどが明らかになった。企業博物館の機能と非公開施設の機能には類似点が認められ、非公開施設と公開施設の共通性、連続性が推認できたことから検討対象とした。
 第4章では、アンケート調査の結果を示した。アンケート調査からは、企業博物館の機能としてインターナル・コミュニケーション、営業活動、顧客への対応、CSR、企業史料の保存などの回答が得られたが、社員や顧客にはたらきかける機能に期待が大きいなどの結果が認められ、博物館であることを強く求めていないことが明らかになった。回答した企業のうち非公開施設を有する企業は27.7%という結果となり、非公開の展示施設の存在が例外的なものではないという知見が得られた。
 第5章は、考察と結論を述べた。企業博物館はさまざまなステークホルダーを対象とし、複数の機能がソフトで重層的に共存するコミュニケーション装置であると結論した。そして、企業博物館を従来のように「博物館の一部」としてとらえることや「企業博物館」という呼称は実態を適切に反映しおらず、企業博物館に関する理解をミスリードする可能性があり、新たな概念形成や呼称、研究の枠組みが必要であると述べた。
 第6章の今後の課題では、実態に則した呼称の開発とともに、企業や有する産業機械等の保存や活用とその道筋への検討を挙げた。

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