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学位論文

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  2. 2019年度博士論文要旨

専門研究員  梅木 佳代

論文題目:「エゾオオカミをめぐる歴史と文化 : 日本における研究史およびオオカミ観形成過程の検討」

   【キーワード :  エゾオオカミ、ニホンオオカミ、人と動物の関係史、野生動物との共存、絶滅】

 本稿の目的は、日本のオオカミに関わる言説形成およびオオカミ観の変遷過程について、エゾオオカミを事例として検討することである。とくにオオカミが絶滅した近代以降の状況を整理・明確化し、日本における人とオオカミの関係史研究に寄与することを目指して議論に取り組んだ。
 本稿は序章と終章を含めた全6章で構成される。以下には序論を除く各章の概要を示す。
 第1章では、日本におけるオオカミの研究史について検討した。かつて日本列島に生息したエゾオオカミおよびニホンオオカミはどちらも明治時代に絶滅したとされる。これら日本在来のオオカミには絶滅以降も高い関心が向けられ、多くの研究や情報発信が行われてきた。しかし、これまでに蓄積されてきた内容が整理されたことはなく、混迷した状況を生じていることが問題視されてきた。本章では明治時代以降に刊行された文献を分析対象とし、オオカミをめぐる議論がどのように進展してきたか確認した。各年代の代表的な事例を把握すると同時に、従来の動向には日本のオオカミの定義が確定した1930年代と、日本国内へのオオカミの「再導入」が論じられるようになった1990年代という2度の大きな画期が存在したことを明らかにした。また、エゾオオカミについて、ニホンオオカミと比べると個別に踏み込んだ調査や議論を行っている例が少なく、改めて情報を集約し、実態を検討する余地はいまだに大きいことを確かめた。
 第2章では、エゾオオカミに焦点を絞り、北海道における和人との関わりを明らかにすることを目的として市町村史中にあらわれる情報の抽出と整理に取り組んだ。ここでは、従来エゾオオカミは明治時代に入ってから家畜を襲うようになり、和人と激しく対立した害獣だったと理解されてきたが、実際には江戸時代後期から家畜馬に対する食害が起きていたこと、また、開墾の進展や道路敷設などの状況下で遭遇するエゾオオカミを人々は強い脅威とみなしており、軋轢を生じさせていた要因は家畜被害に限らないことを指摘した。
 第3章では、アイヌ民族とエゾオオカミの関係性について、先行研究、アイヌ口承文芸、聞き取り調査記録を対象とし、情報の整理と分析を行った。近代以前のアイヌ民族とエゾオオカミは平和裡に共存共栄していたと想定されてきたのに対し、本稿ではこうした通説は和人の研究者による議論・情報のコントロールを受けた結果として成立したものである可能性を提示した。また、口承文芸中にあらわれるオオカミの表現と聞き取り調査記録の内容を分析し、アイヌ民族とエゾオオカミの間にも敵対・対立し合う非親和的な関係性が存在したと考えられる結果を得た。
 第4章では、ここまでの結果を統合した考察を行った。エゾオオカミは「日本の」オオカミであるニホンオオカミに関する議論を支え、傍証する存在として研究史上で価値を付与されてきた。しかし、実態の検証を経ないまま、本州以南の事例解釈や検討に際してエゾオオカミの事例が利用されてきたことは問題であり、このような姿勢は今後改められる必要があることについて議論に取り組んだ。
 終章では、論文全体の結論および今後の課題とすべき点をまとめた。本稿では、日本のオオカミに関わる言説およびオオカミ観は過去から変遷を経て形成されてきたものであることを確認した。実態とは乖離した通説も存在すると考えるべきであり、とくにエゾオオカミに関する事例や情報については、ニホンオオカミ側の実態解明に際して必要となる要素のみが注目され、援用する妥当性が検証されないまま議論に供されてきた点に問題があるといえる。実際に、北海道における人とエゾオオカミの関係性について改めて文献資料を調査し、情報の整理・分析を試みると、従来の通説的理解について再検討する必要があることを示す事例が複数見出される結果となった。各地域における個別の実態を正確に把握した上で、日本全体の議論に反映させられる要素があるのかを検討すべきである。本稿の段階では、過去の実態について個別具体的な議論を行うには至っておらず、北海道における人とエゾオオカミの関係性について適切な理解を目指すためには、今後さらに文献資料や分析対象を拡充していくことが必須である。また、過去の人々がエゾオオカミと向き合った際にどのような困難と直面していたのかに着目し、共存していくためには何が必要だったのかを客観的に明らかにしていくことが今後の研究では必要となる。

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